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札幌地方裁判所 平成6年(ワ)738号 判決 1995年11月30日

原告

丸日道南商事株式会社

右代表者代表取締役

弦巻政壽

右訴訟代理人弁護士

廣谷陸男

被告

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

右訴訟代理人弁護士

小寺正史

樋川恒一

市川直幸

主文

一  被告は、原告に対し、五一九万二二五〇円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、八〇〇六万六〇〇〇円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告のミヤマに対する債権

(一) 原告は、平成四年八月一〇日、訴外有限会社ミヤマ(以下「ミヤマ」という。)との間で、原告を売主、ミヤマを買主として、次のような売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

目的物 イカ釣リロボットMY―2Dの前面操作パネル三〇一台(以下「本件貨物」という。また、単一のパネルを「本件パネル」という。)

売買代金 八〇〇六万六〇〇〇円(一台二六万六〇〇〇円×三〇一台)

支払方法 同年一〇月一日から同年一二月末日までの間に、ミヤマの販売実績に応じて双方の合意した分割方法により支払う。

(二) 原告は、平成四年九月二〇日、本件貨物を札幌市北区篠路町上篠路二七九番地所在の倉庫に保管した状態で、ミヤマに引渡した。

(三) 原告は、ミヤマから何らの支払を受けておらず、ミヤマに対して、八〇〇六万六〇〇〇円の売掛代金債権を有する。

2  運送中の事故の発生

(一) ミヤマは、本件貨物を右倉庫から釧路市釧路町河畔四―七六所在の倉庫に運送するため、訴外有限会社室蘭高速運輸(以下「室蘭高速運輸」という。)との間で運送委託契約を締結した。

(二) 室蘭高速運輸の運転手大村晃司は、平成四年九月二九日午前一〇時、トラックに本件貨物を積載して出発し、翌三〇日午前一時ころ、釧路市フェリーターミナルに到着したが、仮眠しようとして岸壁上でトラックを移動させた際、運転を誤りトラックを海中に転落させた。

(三) 本件貨物はトラックごと海中に沈み、うち二〇〇台は引き揚げられたが、その余は海中に散逸した。引き揚げられた二〇〇台も電子機器部分が海水に浸ったため全損した。

3  保険契約の締結

ミヤマは、右出発日前日の平成四年九月二八日、本件貨物の輸送について、被告との間で、次の内容の運送保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

保険期間 平成四年九月二九日から同年一〇月一日まで

保険金額 一億〇〇五三万四〇〇〇円

(一台三三万四〇〇〇円×三〇一台)

保険料 七万〇三七四円

保険支払期限 保険金請求のあった日から三〇日以内

4  ミヤマの保険金請求

ミヤマは、平成四年一二月一日、被告に対し、本件保険契約に基づいて、保険金の支払いを請求したが、被告はこれに応じない。

5  ミヤマの無資力

ミヤマは弁済資力を欠くために、第1項の売買代金を支払うことができない。

6  債権者代位権の行使

よって、原告は第1項の債権を保全するため、ミヤマに代位して、被告に対し、被告がミヤマに支払うべき保険金一億〇〇五三万四〇〇〇円のうち、原告のミヤマに対する債権額の範囲内で八〇〇六万六〇〇〇円及びこれに対する被告のミヤマに対する保険金支払期限の後である平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は否認する。

2  同2の各事実は不知ないし否認する。

3  同3及び4の各事実は認める。

4  同5の事実は不知。

三  被告の主張

1  本件売買契約の無効ないし不存在

本件売買契約は、虚偽の契約であり、無効ないし不存在である。したがって、ミヤマは本件貨物の所有権を取得していないし、原告がミヤマに代位して保険金を請求する根拠もない。

2  被保険利益の不存在

(一) 本件パネルは、株式会社東和電機製作所(以下「東和電機」という。)が製造販売しているイカ釣りロボットMY―2Dの前面操作パネル(以下「東和製パネル」という。)と酷似した形状及び構造等を有する製品であり、東和電機の有する以下のような知的財産権を侵害する物件であるから、被保険利益が存在しない。

(1) (商標権侵害)

イ 東和電機は、別紙商標目録一ないし三記載の各商標権を有している。

ロ 本件パネルには、右各登録商標と同一又は酷似する標章が表示されており、東和電機の右各商標権を侵害するものである。

(2) (特許権侵害)

イ 東和電機は、自動イカ釣り装置に関し、別紙特許目録記載の特許権を有している。

ロ 本件パネルは、本件特許にかかる自動イカ釣り装置以外の用途に使用することができない部品であって、東和電機の有する右特許権の間接侵害物件である。

(3) (不正競争防止法違反)

東和製パネルに付された「HAMADE」、「イカロボ」及び「MY―2D」等の表示は、東和電機の商品であることを示すものとして周知であるから、これと同一又は酷似する標章を付した本件パネルを販売することは、不正競争防止法二条一項一号違反に該当する行為である。

(二) 本件パネルは自動イカ釣り機の前面操作パネルであるが、このような一つの製品の部品にすぎない前面操作パネル部分のみが独立して大量に取り引きされることは考えられず、流通可能性がないから、被保険利益は認められない。

(三) 仮に本件保険契約に被保険利益が全くないとはいえないにしても、以上の事情に鑑みれば、その保険金額が本件貨物の経済的価値を大幅に超過していることは明らかであり、超過部分については無効である。

3  本件保険契約の解除

(一) 被告の運送保険普通保険約款(以下「本件保険約款」という。)一一条一項には、保険契約締結当時、保険契約者が、故意又は重大な過失によって、保険会社の保険引受の諾否または契約内容の決定に影響を及ぼすべき重要な事項について事実を知りながらこれを保険会社に告げなかったとき、又は不実のことを告げたときは、保険会社は契約の解除をすることができる旨の定めがある。

(二) 本件貨物は、被告の主張2(一)記載のとおり、東和電機の有する前記知的財産権を侵害する違法な物件である。右事実は、保険者である被告がこれを知れば、本件保険契約を締結しないか、少なくとも本件保険契約と同じ条件では契約を締結しないと認められる事実であるから、前記告知義務の対象となる事実に該当する。

(三) ミヤマは、本件保険契約締結当時、本件貨物が東和電機の有する前記知的財産権を侵害する物件であるという事実を知っていた。したがって、その事実を告げなかったこと、また、本件貨物が東和電機のMY―2Dである旨不実を告げたことは、いずれもミヤマの故意又は重大な過失に基づくものである。

(四) 被告は、ミヤマに対し、平成四年一二月九日ころ、本件保険契約を解除する旨の意思表示をした。

4  不実記載

(一) 本件保険約款一六条四項には、保険契約者が保険会社への提出書類中に不実の記載をしたとき、または、故意に事実を隠したときは、保険会社は、当該保険事故によって生じた損害に対して保険金を支払わない旨の定めがある。

(二) ミヤマは、被告に対して保険金を請求するに当たり、提出書類に、本件パネルはMY―2Dである旨記載した。しかし、本件パネルは、これに外観及び構造等において酷似しているものの、全く異なる製品であるから、右書類には不実の記載があるとともに、ミヤマは故意に本件パネルがMY―2Dとは異なる製品である事実を隠したものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は否認する。

2  被告の主張2(一)柱書の事実は否認する。なお、本件パネルは、東和製パネル、即ち、東和電機の製造販売にかかるMY―2Dの前面操作パネルである。同(1)(2)の各ロの事実は否認する。同(3)の事実は否認する。同2(二)及び(三)の各事実は否認する。

3  被告の主張3(一)及び(四)の各事実は認める。同(二)及び(三)の各事実は否認する。

4  被告の主張4(一)の事実は認める。同(二)のうち、ミヤマが、被告に対して保険金を請求するにあたり、提出書類に、本件パネルがMY―2Dである旨記載した事実は認め、その余は否認する。

第三  証拠

当審訴訟記録中の証書目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(一)ないし(三)の各事実は、原告代表者尋問の結果並びにこれにより真正に成立したと認められる甲第二号証及び第八号証の一により、いずれもこれを認めることができる。

2  請求原因2(一)(二)(三)の各事実は、前掲甲第八号証の一、成立に争いのない乙第一三、第一五、第一六、第二五ないし第二七、第六八号証の一、二、三、七及び八、被告主張のとおりの写真であることについて争いのない乙第九号証並びに原告代表者尋問の結果により、いずれもこれを認めることができる。

3  請求原因3及び4の各事実は当事者間に争いがない。

4  請求原因5について

前掲甲第八号証の一及び乙第一六号証、原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故発生後である平成五年一二月九日、被告代理人弁護士から、本件保険契約を解除する旨の内容証明郵便がミヤマに送達されたこと、ミヤマは被告に対し再三再四保険金の請求をしたがいずれも拒否されたこと、そこで、ミヤマ及び原告は、室蘭高速運輸に対して損害の填補を請求したが、ほどなく室蘭高速運輸の社長が失踪し同社は倒産したこと、ミヤマも代表取締役青山誠一が失踪したため営業停止状態に陥り、事実上倒産したことが認められ、これらによれば、ミヤマが本件売買代金八〇〇六万六〇〇〇円を弁済する資力を有しないことは明らかである。

5  右によれば、原告主張の請求原因は理由がある。

二  被告の主張について

1  被告の主張1(売買契約の無効ないし不存在)について

(一)  成立に争いのない乙第一五及び第二二号証、原告代表者尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第八号証の一、証人浜出雄三及び同西川幸男の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 原告は、本件売買契約の以前から、正規流通ルートを外れた商品を破格値で仕入れ、手数料を上乗せして直ちに転売する類の取引きを行っていた。

(2) 原告代表者は、平成四年夏ころ、岩野商事の代表者と称する岩野裕應から、コンピューター付きイカ釣り漁具の売り物があるので買わないか、と持ち掛けられた。

(3) 原告代表者は、同年七月三〇日ころ、岩野商事の専務と称する人物とともに東和電機を訪れ、東和製パネルに酷似した物件のポラロイド写真を示し、同物件約五〇〇台の廉価での引取方を要請したが、同社からこれを拒絶された。

(4) 原告代表者は、その後、ミヤマの代表者である青山誠一に対し、右物件の売買の話を持ち掛けたところ、右青山は、釧路市内の溝口都詩昭を通じて、釧路港から出港する遠洋漁船向け等に三〇〇台程度が販売可能であることを掴んだ。

(5) そこで、青山は、原告代表者に対し、前記物件一台当たり三三万四〇〇〇円で売れるので、三〇〇台買い取りたい旨回答するとともに、商品のサンプルを送付するよう要請し、原告は、これに応じてサンプルとして右物件一台を送付した。

(6) 原告は、同年八月初めころ、岩野商事こと岩野裕應との間に、ミヤマへの転売を目的として、本件パネル約三〇〇台を六〇〇〇万円で買い受ける売買契約を締結し、同日、手付金八〇〇万円を支払うとともに、残金は、遅くとも同年一二月中に支払う旨約した。

(7) 原告とミヤマは、同年八月一〇日、売主を原告、買主をミヤマとして、本件パネル三〇一台(最初にサンプルとして送付した一台及びミヤマから注文を受けた三〇〇台)について一台二六万六〇〇〇円、合計八〇〇六万六〇〇〇円で本件売買契約を締結した。その際、代金の最終支払期限については、ミヤマが同年一一月末の遠洋漁船団の出航までには完売できると述べたため、同年一二月末日とすることとし、甲第二号証の売買契約書が作成された。

(8) ミヤマは、本件売買契約締結後、室蘭高速運輸に対し、本件貨物の釧路への運送を委託し、同社の運転手大村が本件貨物を釧路港まで運送した。また、前記溝口は、本件貨物を保管するため、有限会社マルミ栄商から倉庫を賃借する手筈を整えていた。

(二)  以上認定の事実に加え、他に本件貨物の所有権を主張する者の存在が窺われないことを総合すると、本件売買契約は有効に成立したと認めることができるのであって、被告主張のように、同契約の締結自体が虚偽であり、無効ないし不存在ということはできない。

なお、被告は、本件貨物を原告に売り渡したという岩野裕應は、不法な闇ルートで本件貨物を入手したものであり、そもそも同人自身がその所有権を有していなかった旨主張するかのようであるが、この点を認めるに足りる証拠はない。

2  被告の主張2(被保険利益の不存在)について

(一)  被告の主張2(一)(知的財産権侵害による被保険利益の不存在)について

(1) 被告は、本件パネルは東和電機の有する商標権、特許権および不正競争防止法上の権利等の知的財産権を侵害する物件であるから、当然に本件保険契約に被保険利益がない旨主張するので、まず、この点について当裁判所の判断を示しておくこととする。

運送保険契約は、保険の目的物が運送中の事故によって毀損あるいは滅失するような事態に備え、そのような事態によって生じる経済的・財産的損害を填補することを目的として締結されるものであるところ、商標権、特許権等の知的財産権を侵害する物件であっても、填補されるべき経済的・財産的価値が存する限りは、被保険利益はなお存在すると解するのが相当である。もとより、保険の目的物が法律上所持が許されない物件の場合には、そもそも填補されるべき経済的・財産的価値が全く認められないのであるから、被保険利益はないと解される。しかしながら知的財産権を侵害する物件の場合には、これを製造販売する者は、知的財産権者から請求があって初めて製造販売が差し止められるにすぎず、また、知的財産権者から差止請求を受けることなく、単に損害賠償請求のみ受けることも考えられるし、さらに知的財産権は単に民事上の権利であるから(刑事処罰を受けるか否かは別として)、知的財産権者においてかかる請求権を全く行使しないことも十分考えられるのであるから、知的財産権を侵害する物件を、右のような法律上所持が許されない物件と同視して経済的、財産的価値がないと解することはできない。また、他人の知的財産権を侵害する物件については全て被保険利益がないと解することは、知的財産権を侵害するかどうかの判断に困難を伴なう場合が多いことを考えると、当該物件が他人の知的財産権を侵害するとの事実につき善意の保険契約者にとって受け入れがたい結論を招来することになる(後述のとおり、本件も、保険契約者であるミヤマにおいて本件パネルが東和製パネルに酷似する製品であることを知っていたとは認定できない事案である。)。

以上のとおりであり、たとえ本件パネルが東和電機の有する知的財産権を侵害する物件であるとしても、その一事をもって本件保険契約に被保険利益がないとすることはできない。

もっとも、他人の知的財産権を侵害する物件の売買に当たっては、これを買い受け転売しようとするものは、刑事責任を追及されたり、知的財産権者からの差止請求又は損害賠償請求を受けるおそれがあるのであるから、これらを買い受けるにしても、廉価でなければ到底買い受けないものである。即ち、そのような物件は知的財産権を侵害しない同種物件に比べ、その経済的・財産的価値が相当程度低くなるといわざるを得ない。殊に、他社製品に似せて造られたいわゆる摸造品は、その価値が真正な製品より極めて低いことも経験則上明らかである。したがって、右のような知的財産権を侵害する物件を保険の目的物とした場合には、支払われるべき保険金額の算定に当たって、右のような事情が考慮されるべきは当然である。

(2) 前掲乙第九号証、成立に争いのない乙第一〇、第一五、第一六、第一八号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第一七号証並びに証人浜出の証言によれば、本件パネルは、東和製パネルと外観上差異が認められず、構造上も極めて似たものであったが、同社製造にかかる右パネルではなかったことが認められる。

加えて、前掲証拠によれば、平成三年ころ、東和電機を退職した四、五名の者が同社の東和製パネルに酷似した前面操作パネルを製造しているとの情報があったこと、平成四年夏ころには、実際に東和製パネルに酷似した前面操作パネル一台が漁業者に販売された事実が判明したこと、このため東和電機は、漁業協同組合や販売代理店等に対し、東和製パネルのコピー製品が出回っているので注意して欲しいとの文書を送付したこと、本件パネルは、平成四年夏ころに発見された前記酷似のパネルと同一の機会に製造されたものであって、東和電機の従業員ですら同社製品と容易に判別し難い程形状・構造等において酷似していること、また機能においても同様の作動をし、イカ釣り機としての機能を果たせるものであったこと、以上の事実が認められる。

右各事実によれば、本件パネルは東和製パネルに似せて製造された、いわゆる摸造品であるということができる。

(3) 右(2)で認定した通り、本件パネルは東和製パネルのいわゆる摸造品であるが、これが東和電機の有する知的財産権を侵害するか否かについても検討を加えておくこととする。

イ 被告の主張2(一)(1)(2)の各イの事実は、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。また、証人浜出の証言によれば、国内で自動イカ釣り機を制作しているメーカーは東和電機のほか一社しかないことが認められ、弁論の全趣旨と合わせれば、「HAMADE」、「イカロボ」、「MY―2D」等の表示は、東和電機製の自動イカ釣り機を示す商品表示として、自動イカ釣り機の販売者及び需要者の間で広く認識されているものと推認することができる。

ロ 前記(2)の認定事実及び弁論の全趣旨によると、本件パネルは、東和製パネルに似せて製造されたいわゆる摸造品であり、パネル表面部分に表示された各種標章が東和電機の有する各登録商標や周知表示と同一又は類似であることは明らかであり、また、その他の要件を充足することも明らかであるから、本件パネルは、東和電機の有する商標権や不正競争防止法上の権利を侵害するものと認められる。

ハ 本件全証拠を検討しても、本件パネルの技術的構成が明らかでないといわざるを得ないが(乙第六七号証は、一枚の写真のみを資料として本件パネルの技術的構成であると即断しているものであって、実際の物件に当たったり、仕様書等に基づいて本件パネルの技術的構成を分析しているものではないから、到底採用することができない。)、前記認定のとおり、本件パネルは東和電機を退職した者らにより東和製パネルに似せて製造されたいわゆる摸造品であって、同社従業員ですら同社製品と容易に判別し難い程形状・構造等において酷似し、また機能的にも同社製品と同様の作動を営むことからすると、本件パネルは東和電機の有する右特許権の間接侵害物件であると推認することができる。

(二)  被告の主張2(二)(流通可能性欠如による被保険利益の不存在)について

成立に争いのない乙第八、第一〇及び第二〇号証、証人浜出の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 東和電機のイカ釣りロボットMY―2Dは、次のような構造及び機能を有する自動イカ釣り装置であり、その前面操作パネルは、同装置の一部を構成する部品である。

すなわち、イカ釣りロボットMY―2Dは、左右の釣糸の巻取ドラムとそれを制御する装置であるボックスから構成される。右ボックスの中には、巻取ドラムを駆動させるモーター等が組み込まれ、さらに右ボックスの前面にはマイクロコンピューターを使用した制御機構が組み込まれた前面操作パネルが取り付けられる。右前面操作パネルは取り外しができる仕組みとなっている。前面操作パネルを操作することによって、釣糸のシャクリ操作と巻き上げ操作とを自動的・連続的に制御することができる。

(2) 東和電機は、平成三年には約二二〇〇台、平成四年には二一五三台のMY―2Dを製造販売した。東和電機が、チップの不良や基盤の部品の傷みなどの原因による交換のために、前面操作パネルのみを単体で販売した数は、平成三年は一〇台から二〇台の範囲内、平成四年は一四台であった。

(3) ところで、東和電機は、MY―2Dを発表する以前、同じくコンピューター制御式のイカ釣り機であるMY―1を製造販売していたことがある。MY―2DはMY―1の改良機に当たるところ、MY―1とMY―2Dの前面操作パネルとは互換性があり、MY―1のイカ釣りロボットの前面操作パネルをMY―2Dの前面操作パネルに交換するだけで、MY―2Dの性能を有するイカ釣りロボットに改良することができる。また、右パネルの交換作業には特段の技術を要しない。このためMY―1の前面操作パネルをMY―2Dのそれに交換するために、MY―2Dの前面操作パネルが単体でかなりの数売れたこともあった。その数は年間一〇台から二〇台というような少ない台数ではなかった。

(4) 本件パネルは、MY―2Dの前面操作パネルのいわゆる摸造品であるが、前記認定のとおり、東和電機の従業員ですら容易に判別し難い程構造等において酷似し、また、同様の機能を有するものであったから、本件事故前においては、MY―2Dとほぼ同一の稼働性能を有していたと推認することができる。

(5) 以上の事実によれば、東和電機製MY―2Dの前面操作パネルが、単体で流通可能性を有していることは明らかであり、これとほぼ同一の構造・機能を有し、稼働性能も同一のものと推認できる本件パネルについても、事実上の流通可能性があると認められるから、経済的・財産的価値が全くないとの被告の主張は理由がない。

(三)  被告の主張2(三)(経済的価値超過部分の被保険利益の不存在)について

(1) 以上のとおりであって、本件保険契約に被保険利益が全く存しないとする被告の主張は、いずれも採用することができないのであるが、他方、本件パネルがいわゆる摸造品であり、これを販売する行為は東和電機の有する知的財産権を侵害するものであること、前面操作パネルのみ単体で取り引きできる機会は比較的限られていたこと、などの事情が認められる本件では、本件貨物の客観的な経済価値は右東和電機の製品に比べて相当程度に減殺され、保険金額のうち右客観的経済価値を超過する部分については被保険利益がないと解するのが相当であり、これと同趣旨の被告の主張は理由がある。

(2) そこで、本件貨物の客観的経済価値について判断するに、前記のような減殺事由の性質上、本件貨物の経済価値を正確に特定することは極めて困難であるが、これまで認定してきた諸事実、殊に本件パネルが東和製パネルのいわゆる摸造品であるが、機能的には同様のものであるとの事実に、弁論の全趣旨を勘案すると、本件パネルは、東和製パネルの市場価格の二〇分の一と認めるのが相当である。

そして、成立に争いのない乙第一八号証、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第一号証、証人浜出の証言並びに弁論の全趣旨によれば、東和製パネルの市場価格は三四万五〇〇〇円であることが認められるから、本件パネルの経済価値はその二〇分の一である一万七二五〇円と認められ、本件貨物全体の経済価値は、これに総台数三〇一を乗じた五一九万二二五〇円と認められる。

(3)  右のとおりであるから、本件保険金額のうち、本件貨物の経済価値相当額である五一九万二二五〇円を超過した部分については、被保険利益がないことに帰する。

3  被告の主張3(本件保険契約の解除)について

(一)  被告の主張3(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  同3(二)及び(三)について

(1) 本件パネルが、東和製パネル部分のいわゆる摸造品であり、同社の知的財産権を侵害していることは前記認定のとおりである。

(2) 保険の目的物がいわゆる摸造品であり、他者の知的財産権を侵害しているという事実は、保険契約を締結するか否かの決定に当たって、また、締結するとしても保険金額の算定に当たって、当然斟酌されるべき事柄と考えられるから、右は、本件保険約款一一条一項四号にいう「保険引受の諾否または契約内容の決定に影響を及ぼすべき重要な事項」に当たるというべきである。

(3) しかしながら、ミヤマが右事実につき悪意であり、又は、知らなかったことについて重過失があったと認めるに足りる証拠は存しない。

この点、被告は、本件パネルが東和電機の知的財産権を侵害するいわゆる摸造品であることを原告代表者は知っており、原告のダミー的な存在であり、原告と一体の存在と認められるミヤマも右事実を知っていたと推認することができる旨主張する。

たしかに、既に認定したとおり、平成四年七月三〇日ころ、原告代表者が東和電機を訪問し、東和製パネルに酷似した機械の写真を示した上、約五〇〇台あるので廉価で引き取ってもらいたい旨申し出たが、これを断られたことがあるところ、証人浜出の証言によると、その際原告代表者は、同証人からこれらの製品は東和電機の特許権を侵害する物件であるとの説明を受けた事実が認められる。右日時の点からみて、本件パネルと東和電機に持ち込まれた写真の機械とが同じ商品であると認めることができ、この事実からすると、原告代表者は本件パネルが東和電機の知的財産権を侵害する物件であることを知っていたと推認するのが相当である。

しかしながら、ミヤマが原告のダミー的な存在であり、原告と一体の存在であると認められる証拠は一切なく、全証拠に照らしても、ミヤマの代表者青山が右事実を知っていたか、または知らなかったことについて重過失があったと推認することはできない。

よって、被告の主張3は理由がない。

4  被告の主張4(不実記載)について

(一)  同4(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  同4(二)について

ミヤマが被告に対して保険金を請求するに当たり、提出書類に、本件貨物が「MY―2D」である旨記載したことは当事者間に争いがないが、本件貨物が実際はその摸造品であることについて、ミヤマが悪意であったと認めるに足りる証拠はない。

この点、被告は、本件保険金請求に当たって、ミヤマの代表者青山が、原告代表者等とともに保険金請求の資料を集めていることから、ミヤマの悪意を推認できる旨主張するが、青山が売買代金についての債権者である原告代表者らとともに保険金請求の資料を収集したこと自体は格別不自然なことではなく、右事実からミヤマの悪意を推認するには無理がある。

したがって、被告の主張4も採用することができない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、本件貨物の経済価値相当額である五一九万二二五〇円及びこれに対する被告のミヤマに対する保険金支払期限の後である平成五年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官一宮和夫 裁判官伊藤雅人 裁判官田中芳樹)

別紙商標目録<省略>

別紙特許目録

特許番号 第一六六三五五五号

発明の名称 自動いか釣装置

出願日 昭和五九年二月一五日

公告日 平成元年七月二六日(特許出願公告平一―三五六一七)

登録日 平成四年五月一九日

特許請求の範囲

釣糸が巻かれる巻取ドラムと、この巻取ドラムを駆動する駆動機構と、この駆動機構を制御する制御機構とを備え、上記制御機構は、上記釣糸を所定の水深まで巻下げ、ついで巻上げる動作を行わせる手段と、釣糸の巻上げの過程でシャクリ動作を行わせるシャクリ動作制御手段とを有し、上記シャクリ動作制御手段は、上記巻取ドラムの一回転を所定の角度ごとに区分した複数の区間について各区間ごとに上記巻取ドラムの回転速度を設定する設定要素と、上記シャクリ動作の期間中、上記設定要素で設定された回転速度に対応する制御出力を出力する要素とを具備していることを特徴とする自動いか釣装置。

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